岸信介はなぜ昭和の妖怪と恐れられたか?A級戦犯から安保改定の真実
Q1:なぜA級戦犯に指定されながら起訴されず釈放されたのですか?
A1:最大の要因は、1948年前後にアメリカの対日方針が「非軍事化」から「共産主義に対抗する同盟国化」へと大転換したこと(逆コース)です。卓越した行政手腕と強烈な反共思想を持つ岸は、日本の経済再建と政治的安定に不可欠な人材として利用価値が高いとGHQ・米国政府に判断され、東条英機らの処刑翌日に不起訴処分となりました。
Q2:「昭和の妖怪」という異名は誰がいつ付けたのですか?
A2:満州国総務庁次長時代に、若くして巨大な経済政策を操り、現地の官民を震撼させた手腕から「満州の妖怪」と呼ばれ始めたのが発祥です。戦後に巣鴨プリズンから奇跡的な復活を遂げ、自民党結党と首相登極を成し遂げたことで、政財界やメディアから畏怖を込めて「昭和の妖怪」と呼ばれるようになりました。
Q3:岸信介と安倍晋三元首相の政治思想はどこが最も共通していましたか?
A3:最大の共通点は「自主憲法の制定(憲法改正)」と「日米同盟の対等化・強化」です。岸が1960年に目指した主権国家としての自立と防衛力強化の構想は、安倍元首相が掲げた「集団的自衛権の限定行使容認」や「平和安全法制の整備」、「戦後レジームからの脱却」という国家戦略に色濃く継承されました。