歌舞伎町・第二東亜会館の現在とは?80年代ディスコの熱狂と解体の真相

歌舞伎町・第二東亜会館の現在とは?80年代ディスコの熱狂と解体の真相の基礎知識と応用に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。

なぜ第二東亜会館のディスコは、半世紀近く経った今でもこれほど鮮烈に語り継がれるのでしょうか。時計の針を80年代に戻すと、そこには現在のクラブカルチャーとは全く異なる、強烈な熱気と独自の階層秩序が存在していました。

当時、第二東亜会館のビル内には複数の巨大ディスコがひしめき合い、ビルの大半をディスコフロアが占めていました。その中でも中核を担ったのが、俗に「東亜4大ディスコ」と呼ばれた伝説の店舗群です。

  • GBラビッツ(7階):大衆的な人気を誇り、初心者から常連までを飲み込んだマンモスフロア。親しみやすいヒットチャートでフロアを揺らした。
  • BIBA(ビバ):スタイリッシュな選曲と少し大人びた空気感をまとい、コアなダンスフリークや常連がステップを競い合った象徴的フロア。
  • B&B(ビー・アンド・ビー):派手な照明とハイエナジーサウンドで圧倒的な支持を集めた激戦フロア。
  • グリース(GREASE):ロックンロールや50'sテイストを色濃く残し、リーゼントや独特のファッションに身を包んだ若者が集結した個性派フロア。

当時の特番インタビューや当時の常連たちが残した手記では、「夕方4時を過ぎると、制服を着崩した都内近郊の中高生がコマ劇場前の噴水周辺に群がり、オープンと同時に階段を駆け上がっていった」という生々しい証言が一致して語られています。入場料はソフトドリンク飲み放題や軽食付きで1,000円〜1,500円程度と、アルバイト代やお小遣いでも通える価格帯に設定されており、中高生にとっての「放課後の社交場」として機能していました。

フロアでは「東亜ステップ」と呼ばれる独特の振り付けが自然発生し、DJの選曲に合わせて何百人もの若者が一糸乱れぬ動きで踊り狂う光景は、歌舞伎町ならではの異様なスペクタクルでした。

斉藤 蓮

斉藤 蓮

デジタルマーケティングコンサルタント

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。