国宝専修寺の魅力とは?2026年最新の参拝見どころと歴史の真相
専修寺の歩みを深く理解する上で欠かせないのが、親鸞聖人専修寺歴史の源流である栃木県真岡市との関わりです。専修寺の発祥は鎌倉時代の安貞年間(1225年頃)、親鸞聖人が下野国高田(現在の栃木県真岡市高田)に開創した「本寺専修寺」に遡ります。親鸞聖人が関東で本格的な布教活動を展開した拠点であり、ここから真宗高田派の法灯が灯されました。
では、なぜ北関東で誕生した寺院の本山が、伊勢国の津市一身田町に存在するのか。その転換点となったのは、戦国時代の動乱です。第10世真慧(しんね)上人は東海・北陸地方への積極的な巡教を進め、伊勢国内に多くの門徒を獲得。文明年間(15世紀後半)に伊勢国一身田へ無量寿院を開創し、布教の重要拠点と位置づけました。
その後、下野の高田本寺が戦国大名の兵火によって焼失したことを契機に、本山としての機能が徐々に伊勢の一身田へと移行。江戸時代を通じて歴代住職や門徒衆の熱狂的な支援によって再興が進められ、現在の威容を誇る伽藍が完成しました。遠く離れた真岡の「本寺」と一身田の「本山」は、数百年の時を超えて現在も固い絆で結ばれており、親鸞聖人が遺した直筆の墨書『西方指南抄』をはじめとする第一級の歴史資料が、両寺によって脈々と守り継がれています。