蜂須賀小六の正体とは?野武士伝説の嘘と秀吉を天下人にした真の実像
父の跡を継いだ蜂須賀家政は、父譲りの軍事力と優れた政治手腕を発揮し、関ヶ原の戦いでは東軍に味方して徳川家康から本領を安堵されます。こうして蜂須賀家は、四国有数の雄藩である阿波徳島藩25万石の礎を確立しました。
家政が徳島城に入城した際、城下町の人々に「城の完成を祝って好きに踊れ」と命じたことが、世界的にも有名な阿波踊りの起源になったという伝承も残されています。
戦国大名の多くが改易や無嗣断絶で姿を消すなか、徳島藩蜂須賀家は幕末まで一度の国替えもなく阿波の地を治め続けました。明治維新後は侯爵家(華族)に列せられ、第17代当主の蜂須賀正韶は貴族院副議長を務めるなど、近代日本でも重鎮として活躍しました。
現在も蜂須賀小六の血筋・子孫は絶えることなく脈々と受け継がれており、徳島県や愛知県の歴史顕彰団体とともに、蜂須賀家の歴史遺産や文化財の保存活動に寄与しています。