下條正巳の生涯と名演の裏側|3代目おいちゃんの葛藤と家族の絆
映画『男はつらいよ』シリーズにおいて、寅次郎の叔父である「おいちゃん」こと車竜造は、物語のホームグラウンドである柴又「とらや」の要となる存在です。初代の森川信が「バカだねぇ、まったく」という名台詞とともに爆発的な怒りと哀愁を演じ、2代目の松村達雄が知的で飄々とした味わいを残した中で、1974年の第14作『男はつらいよ 寅次郎子守唄』からバトンを引き継いだのが下條正巳でした。
当時、すでに国民的人気作として確立していたシリーズのメインキャスト交代には、制作陣も本人も大きな覚悟が必要でした。当時の関係者による証言によると、下條正巳自身も「先代たちが作り上げた強烈なイメージを壊さず、いかに自分らしい竜造像を立ち上げるか」に深く苦悩したと伝えられています。しかし彼は、先代のモノマネに走ることを一切せず、新劇仕込みの緻密な計算に基づき、少し皮肉屋でありながら心の底に深い慈愛を秘めた「等身大の下町の職人・店主」を構築しました。
主役の渥美清演じる寅次郎との呼吸は回を重ねるごとに熟成され、寅次郎が柴又に帰ってきた時の絶妙な表情の曇らせ方や、旅立つ背中を見送る際の温かな眼差しは、シリーズ後半の安定感そのものとなりました。結果として、下條正巳は歴代最長となる20年以上にわたっておいちゃん役を務め上げ、現在では「おいちゃんといえば下條正巳」と想起されるほどの絶対的な評価を確立したのです。