大鳴門橋の新幹線計画はなぜ消えた?空間の現在と四国新幹線の行方を追う
大鳴門橋と新幹線を巡る現地の受け止め方は、単なる土木史のトピックにとどまらない。実際に鳴門を訪れた旅行者や地元住民の間では、巨大な空間を目の当たりにした際の驚きと、長年放置されてきた歴史への複雑な思いが交差している。
現場を訪れた観光客や鉄道ファンからは、SNSや旅行レビューを通じて以下のような生々しい声が寄せられている。
「渦の道を歩いたとき、頭上の骨組みの異常な太さに圧倒された。観光用の通路にしては頑丈すぎると思っていたが、新幹線を通す設計だったと聞いて合点がいった」(40代・旅行者)
「足元のガラスから渦潮を見るのはスリリングだが、反対側を見上げると、巨大な列車がすれ違えるだけの空洞が延々と伸びている。ここに『のぞみ』規格の列車が走っていた世界線を想像せずにはいられない」(30代・鉄道愛好家)
一方で、徳島県内の経済関係者や市民の視線はより冷徹だ。長年「新幹線の来ない唯一の地域ブロック」と呼ばれてきた四国において、高速バス網が極めて高度に発達した徳島では、「今さら新幹線が来ても大阪まで明石海峡大橋経由の高速バスの方が安くて便利ではないか」という現実的な意見が根強い。実際、徳島駅から三ノ宮・梅田までは高速バスで約1時間40分〜2時間、2,000円〜3,000円台で頻発運行されており、巨額の運賃が予想される新幹線に対する需要の懐疑論も少なくない。
その点、現在進行形である自転車道化に対しては、「通過するだけの新幹線よりも、淡路島からサイクリストが直接鳴門に滞在して飲食や宿泊にお金を落としてくれる方が、地域経済にとって即効性がある」と前向きに歓迎する地元商店街や観光事業者の声が目立つ。巨大インフラの幻影を追う段階から、身の丈に合った現実的な地域創生ツールへと人々の関心が着実に移り変わっている様子が窺える。