福岡大ワンゲル部ヒグマ事件の真相|生々しい手記と防げなかった教訓
この凄惨な事件において、九死に一生を得て下山に成功したのは、当時大学1年生だった西井義春さんと河原吉孝さんの2名でした。2人はリーダーたちが次々と襲われるなか、命からがら尾根を駆け下り、7月27日午後に五ノ沢の砂防ダム工事現場に辿り着いて救助を求めました。
事件後、2人の生存者は「仲間を見捨てて自分たちだけが助かったのではないか」という世間からの心ないバッシングや、親友を目の前で奪われた強烈なPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しめられることになります。関係者の証言によると、生存者たちは事件について公の場で語ることを固く拒み、数十年にわたって深い沈黙を守り続けました。
しかし、事件から50年以上の歳月が経過した近年、当時の関係者がメディアの取材に対し重い口を開き、「今でも雷鳴や風の音を聞くと、あの山での恐怖がフラッシュバックして眠れなくなる」と胸の内を明かしています。自責の念に苛まれ続けながらも彼らが証言を残す決意をした背景には、「自分たちのような過ちを二度と登山者に繰り返してほしくない」という、亡き仲間への鎮魂と安全への強い願いが込められています。
事件直後の7月29日、警察と地元猟友会によって結成された捜索隊が八ノ沢カールに入山し、遺体を発見。そのすぐ近くで遺体に固執していた加害ヒグマを、ハンターたちが一斉射撃で駆除しました。解剖の結果、胃袋からは犠牲者の遺留物が確認され、事件は法医学的にも凄惨な結末を証明することとなりました。