一青窈と小林武史の略奪愛と破局の真相|結婚を選ばなかった理由と現在

一青窈と小林武史の略奪愛と破局の真相|結婚を選ばなかった理由と現在にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。

2人の距離が急速に縮まったきっかけは、2005年に開催された野外音楽フェスティバル「ap bank fes」での共演でした。環境保全や持続可能社会への融資を行う非営利組織「ap bank」の立ち上げ人である小林武史は、独特の言語感覚と哀愁を帯びた歌声を持つ一青窈の才能に強い関心を示し、やがて彼女の楽曲プロデュースを手掛けるようになります。

音楽スタジオでの濃密な共同作業は、単なるプロデューサーとシンガーという枠組みを軽々と超えていきました。2006年には小林武史が作曲・編曲を手掛けたシングル『てんとう虫』が発表され、アーティスティックな共鳴は加速。そして2007年1月、写真週刊誌『FRIDAY』が2人の親密な深夜デートと同棲状態をスクープします。

しかし、当時小林武史は、1996年に結婚したMy Little Loverのボーカル・akkoとの間に2人の娘を持つ家庭人でした。報道各社はこぞって「白昼堂々の不倫」「泥沼の略奪劇」と書き立て、ワイドショーは連日このスキャンダルを追及。この瞬間から、約8年におよぶ過酷な交際期間の幕が開いたのです。

田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。