ピアノの鍵盤数はなぜ88鍵?歴史の真実と失敗しない選び方徹底検証
ピアノが誕生した当初から88鍵が存在していたわけではありません。鍵盤の歴史は、作曲家たちの表現欲求と、それに呼応したピアノ製作者(ピアノビルダー)たちの技術革新の歴史そのものです。
1700年頃、イタリアのバルトロメオ・クリストフォリがピアノの原型を発明した当時の鍵盤数は、わずか4オクターブ(49〜54鍵程度)でした。チェンバロの音域をベースにしていたため、現代のピアノと比べると半分近くのサイズしかありませんでした。
その後、時代とともに音域は急速に拡大していきます。
- J.S.バッハ〜モーツァルトの時代(18世紀半ば〜後半):約5オクターブ(61鍵)
モーツァルトのピアノソナタの最高音や最低音を確認すると、当時の楽器規格であった61鍵(F1〜F6)の範囲内にきれいに収まっていることが分かります。 - ベートーヴェンの時代(19世紀初頭):5オクターブ半〜6オクターブ(68〜73鍵)
表現の限界を拡張し続けたベートーヴェンは、当時のピアノメーカー(ブロードウッドなど)に対して「より強く、より広い音域の楽器」を要求し続けました。『熱情ソナタ』や後期の『ハンマークラヴィーア』には、拡大された鍵盤の限界まで使い切るパッセージが刻まれています。 - ショパンやリストの時代(19世紀半ば):6オクターブ半〜7オクターブ(78〜85鍵)
ロマン派の時代に入ると、ショパンはプレイエルやエラールが製作した78〜82鍵のピアノを愛用し、超絶技巧でヨーロッパ中を熱狂させたフランツ・リストは、強打に耐えうる頑丈な鉄製フレームと85鍵を備えたピアノを駆使してダイナミックな楽曲を生み出しました。
そして19世紀末、アメリカのスタインウェイ&サンズ(Steinway & Sons)が、鋳鉄フレームの一体成型と交差弦の配置技術を完成させ、1880年代後半に「88鍵」の標準規格を確立しました。ヤマハやカワイ、ヨーロッパの老舗メーカーもこれに追従し、世界標準として固定化されるに至ったのです。