岸田文雄はなぜ嫌われた?支持率急落と増税批判の真相【2026年総括】
「政策」以上に国民の感情を逆撫でし、岸田首相個人への強烈な嫌気をもたらしたのが、2026年10月に断行された長男・翔太郎氏の政務担当首相秘書官への抜擢人事でした。当時から野党やメディアのみならず、自民党内からも「時代錯誤の身内贔屓」「世襲政治の悪弊」と強い懸念が示されていましたが、岸田首相は批判を意に介さず起用を強行しました。
その傲慢とも受け取れる姿勢のツケは、瞬く間に露呈します。2026年1月、首相の欧米5カ国歴訪に同行した翔太郎氏が、公用車を使ってパリやロンドンで観光や閣僚への土産物購入を行っていた疑惑が週刊誌にスクープされました。そして同年5月、決定打となる「首相公邸での親族忘年会写真」が流出します。赤じゅうたんの上に親族が寝そべる姿や、組閣を模したポーズで撮影された悪ふざけの様子は、国民の神経を逆撫でするのに十分すぎました。
物価高にあえぐ一般市民が爪に火を灯すような暮らしを強いられる中、国の最高中枢である公邸で繰り広げられた私物化劇。当初、岸田首相は厳重注意で済ませようと画策しましたが、世論の凄まじい反発に耐えかね、最終的に事実上の更迭へと追い込まれました。この一連の身内スキャンダルによって、「国民の声を聞く」と標榜していた首相の看板は完全に剥ぎ取られ、「国民ではなく自分の息子と身内しか見ていない」という消し去れない烙印が押されたのです。