斎藤工のファッションが独特な理由とは?元パリコレの私服美学を徹底解剖
斎藤工の装いが「ただの個性派」で終わらず、確固たる品格と説得力を放つ最大の理由は、10代から培われた本格的なモデルキャリアにあります。高校在学中の15歳でモデル事務所に所属した彼は、『MEN'S NON-NO(メンズノンノ)』や『POPEYE』といった国内屈指の男性ファッション誌でモデルとして活動を開始しました。当時の同誌面では、彫りの深い端正な顔立ちと日本人離れした手足の長さで、若手モデルの中でも際立った存在感を放っていました。
圧巻なのはその後の行動力です。高校卒業後、劇団や映像の世界を目指しながらも、彼はバックパックひとつを背負って単身ヨーロッパへ渡航。パリやミラノの地で、自らのポラロイド写真とブック(作品集)を抱え、現地のモデルエージェンシーやメゾンのオーディション会場へ直接飛び込み営業を敢行しました。言葉も満足に通じない過酷な環境下で、アジア人モデルの採用枠が極めて限定されていた時代に、見事パリ・コレクション(パリコレ)のランウェイ出演を自力で勝ち取っています。
さらに注目すべきは、俳優として不動の地位を確立した後の歩みです。2026年1月に開催された「Yohji Yamamoto POUR HOMME」の2026-24年秋冬パリ・メンズコレクションにおいて、斎藤工はゲストモデルとして再びパリのランウェイに登場しました。白髪交じりのヘアスタイルに無精髭、深みのある眼差しで堂々とウォーキングを披露した姿は、国内外のファッション関係者から「服の魂を表現できる本物の表現者」と絶賛を浴びました。世界の頂点を知る男だからこそ、服を崇拝するのではなく、自らの身体感覚で従属させることができるのです。