船場吉兆「ささやき女将」の真相と現在|会見の裏側と息子の再起
「吉兆」は、日本の食文化に多大な功績を残し文化勲章を受章した湯木貞一氏が1930年に創業した屈指の高級料亭です。貞一氏の子供たちによって暖簾分けが行われ、本家である本吉兆をはじめ、東京吉兆、京都吉兆、神戸吉兆、そして三女の佐知子氏夫妻が引き継いだ船場吉兆の5社体制に分かれて経営されていました。
事件の発端となったのは2007年10月、船場吉兆が運営する福岡市内の店舗で販売されていたプリンやゼリーなどの洋菓子について、賞味期限のラベルを不正に張り替えて改ざんしていた事実が農林水産省の調査で発覚したことでした。
調査が進むにつれて不正は次々と明るみに出ます。銘柄鶏「佐賀県産みつせ鶏」と表示しながら実際は安価なブロイラーを混入していた産地偽装や、牛肉の産地偽装、さらに無許可での梅酒製造など、老舗の看板を根底から揺るがす背信行為が連鎖的に露呈しました。
そして2007年12月10日、事態を収拾すべく開かれたのが、あの語り継がれる謝罪会見です。しかし、騒動はそこで終わりませんでした。翌2008年1月に営業再開に踏み切ったものの、同年5月には元従業員らの内部告発により、客が残した料理(鮎の塩焼きや刺身、わさびなど)を別の客へ再提供していた「食べ残しの使い回し」が発覚します。衛生観念すら放棄したこの実態が決定打となり、2008年5月28日に船場吉兆は自主廃業を発表し、名門の看板を自ら降ろす結果となりました。