ロッキード事件の真相と全貌|田中角栄逮捕と5億円の闇を徹底解剖
事件の発覚後、東京地検特捜部は検事総長・布施健、東京地検検事正・高瀬礼二、特捜部長・川島興、主任検事・吉永祐介らの指揮のもと、徹底した強制捜査に踏み切りました。1976年7月27日朝、目白の私邸から田中角栄元首相が逮捕されたニュースは、日本中を震撼させました。
ロッキード事件は主に「丸紅ルート」「全日空ルート」「児玉・国際興業ルート」の3つに分類され、政財界のトップを含む合計16名が起訴されました。その全体像と裁判の結果を以下の比較表で整理します。
事件発覚から判決に至るまでの主要な経緯は以下の通りです。
- 1976年2月4日:米上院チャーチ委員会公聴会にて、ロッキード社による対日巨額不正資金工作が暴露される。
- 1976年2月16日:衆議院予算委員会で小佐野賢治、大久保利春らの証人喚問を開始。
- 1976年7月27日:東京地検特捜部が田中角栄前首相を外国為替法違反容疑で逮捕(のちに受託収賄罪で追起訴)。
- 1983年10月12日:東京地裁が田中角栄に対し懲役4年・追徴金5億円の実刑判決を下す。
- 1987年7月29日:東京高裁が田中の控訴を棄却。田中側は即日上告。
- 1993年12月16日:田中角栄が死去(75歳)。最高裁は公訴棄却を決定し、本人の刑事裁判は終結。
- 1995年2月22日:最高裁が榎本敏夫元秘書官の上告を棄却し、「田中元首相への5億円授受と職務権限」を認める有罪判決が確定。