川島なお美の死から現在|胆管がん闘病の真相と遺された愛の誓い
日本中が息を呑んだのは、逝去のわずか17日前となった2015年9月7日、シャンパンブランドの記念イベントで行われた記者会見でした。夫である鎧塚俊彦氏の手を取り、背中が大きく開いた黒のドレスで登壇した川島さんの腕やデコルテは、骨が浮き出るほどに痩せ細っていました。当時のワイドショーや週刊誌はこぞってその容貌を報じ、ネット上でも体調を憂慮する声が吹き荒れました。
しかし、集まった報道陣を前にマイクを握った川島さんは、凛とした微笑みを崩さずこう語りかけました。
「激やせとか言われていますけれど、見ての通り私は元気です。女優ですから、いつでも最高のコンディションをお見せしたい」
記者の痛烈な視線を真っ向から受け止め、気品あるユーモアで返す姿は、病に屈することを断固として拒む表現者の矜持そのものでした。
会見当時、彼女はミュージカル『パルレ〜洗濯〜』の地方公演の真っ只中にありました。しかし、病状の進行は残酷なまでに早く、同年9月17日の長野県飯田市での公演後、ついにドクターストップがかかり舞台パルレ降板の経緯が公式発表されます。代役には女優の渡辺めぐみさんが立ちました。降板に際し、彼女は「舞台に穴を開けることは女優生命を断たれるより辛い」と涙を流したと伝えられています。それからわずか7日後、彼女は帰らぬ人となりました。