ギター破壊はなぜ炎上するのか?伝説の演出意図と「もったいない」の真相
ロックシーンにおけるギター破壊は、決して思いつきの蛮行として始まったわけではありません。その起源を辿ると、明確な芸術的コンセプトと強烈な時代精神に行き着きます。
歴史上、意図的にステージでギターを破壊した元祖とされるのは、ザ・フー(The Who)のギタリストであるピート・タウンゼントです。発端は1964年、ロンドンのハローにある鉄道ホテル「レールウェイ・ホテル」でのライブでした。天井の低いステージで演奏中、リッケンバッカーのヘッドが偶然天井に突き刺さって折れてしまった際、観客の冷笑的な視線を感じたタウンゼントは、動揺を悟られまいと開き直り、ギターをフロアに叩きつけて完全に粉砕してみせました。
重要なのは、タウンゼントがロンドン西部のイーリング・アート・カレッジで学んでいた点です。彼は当時、芸術家グスタフ・メッツァーが提唱した「オート・ディストラクティブ・アート(自己破壊的芸術)」に強い影響を受けていました。モノが作られ、消費され、破壊されるサイクルそのものを提示する前衛芸術の文脈を、タウンゼントはロックンロールのダイナミズムへと見事に転換させたのです。
この破壊行為を「神聖な儀式」の域にまで高めたのが、ジミ・ヘンドリックスでした。1967年の「モントレー・ポップ・フェスティバル」において、彼はストラトキャスターにライターオイルを注いで火を放ち、ひざまずいて祈りを捧げるような仕草を見せた後、ステージに叩きつけてアンプに突き刺しました。音楽専門誌の回顧録や当時のインタビューにおいて、ヘンドリックスは「生贄を捧げるような感覚だった。愛しているからこそ、すべてを捧げ尽くす」という趣旨の告白を残しています。単なる破壊ではなく、情念と愛憎を昇華させる儀礼的パフォーマンスだったからこそ、半世紀以上を経た今も伝説の映像として語り継がれています。
さらに1990年代初頭、グランジムーブメントを牽引したニルヴァーナのカート・コバーンは、まったく異なる意味合いをギター破壊に付与しました。商業主義に飲み込まれていく巨大音楽ビジネスへの嫌悪、自身の心身の苦痛、そして偶像化される自分自身に対する苛立ちの矛先として、ライブの終盤に自らのフェンダーを徹底的に打ち砕きました。カートの破壊は、資本主義の産物である高価な商品を破壊することでしか自己の純粋性を証明できなかった、あまりにも痛切なレジスタンスだったと言えます。