モーリー・ロバートソンが天才と呼ばれる理由|東大とハーバードの真相
日米の名門校を総なめにしたモーリー氏が最初に選んだのは、意外にも東京大学理科一類でした。しかし、その東大生活はわずか1学期、実質数ヶ月で終止符が打たれます。日本の学歴社会において頂点とされる東大をいともあっさりと中退した決断は、当時大きな波紋を広げました。
当時の様子を綴った自著や手記、回顧インタビューにおいて、彼は「敷かれたレールの上を行進するような閉塞感」を肌で感じたと率直に明かしています。1980年代初頭の東大キャンパスには、過酷な受験戦争を乗り越えた達成感から燃え尽き症候群に陥る学生や、官僚や大企業への就職だけを見据えた無難な空気が漂っていました。知の探求を純粋に楽しむ場ではなく、社会の歯車になるための猶予期間のような雰囲気に、強烈な違和感を抱いたのです。
退学届を提出した彼は、同年秋に渡米してハーバード大学へ入学。そこで選んだ専攻は、電子音楽とアナログ・シンセサイザーを用いた音響空間の構築でした。厳格な論理性が要求される自然科学の知見と、前衛的な芸術表現を融合させる学問に没頭し、1988年に同大学を優秀な成績で卒業(文学士号を取得)します。既成のエリートコースを拒絶し、自らの内的な欲求に従って知性を拡張し続けたこの選択こそが、今日の彼の柔軟な思考体系を決定づけました。