平安の髪型「尼削ぎ」とは?おかっぱ・ボブとの決定的な違いと由来
尼削ぎという髪型が日本文学史上で最も鮮烈な印象を残すのは、紫式部が著した『源氏物語』第5帖「若紫」の有名な初対面シーンです。
瘧病(わらわやみ・マラリア様の熱病)の加持祈祷のために北山を訪れた18歳の光源氏は、小柴垣の隙間から柴の庵を覗き見ます。そこで雀の子を逃がして泣きじゃくっていたのが、後に生涯の最愛の妻となる10歳前後の若紫(紫の上)でした。そのときの姿を、紫式部は次のように書き留めています。
「尼削ぎなる髪の、うつくしうゆらゆらとして、笑ひつる眉のけしき、いとうつくしう見ゆ」
ここで使われている「うつくし」とは、現代のような客観的ビューティーではなく、「小さくて愛らしい、いとおしい」という感情を表す古語です。大人の貴族女性のような重厚な垂髪ではなく、肩のあたりでふわりと切り揃えられた尼削ぎの毛先が、泣き笑いしながら走る少女の背中で軽やかに揺れている。その無防備で生気あふれる躍動感に、光源氏は心を撃ち抜かれたのです。
一方、清少納言も随筆『枕草子』の第151段「うつくしきもの(かわいらしいもの)」において、尼削ぎの幼児に格別の愛情を寄せています。
「頭(かしら)は尼削ぎに、目にかかれるをかきはやらで、うち傾きて物など見たるも、うつくし」
前髪を額で短く切る習慣がなかった当時、振り分けたサイドの髪が肩先からハラリと目元にかかってしまう。それを手で払おうともせず、首をかしげて何かをじっと見つめている幼児の無邪気なしぐさ。宮廷生活を生きた観察眼の鋭い女性作家たちにとって、尼削ぎとは純粋無垢な幼児性のアイコンそのものでした。