慶應信濃町キャンパスの全貌|医学・看護の拠点と2026年最新進化
信濃町キャンパス歴史経緯を語る上で欠かせないのが、近代日本医学の父であり初代医学科学長を務めた北里柴三郎慶應医学部初代学部長と、慶應義塾の創員者・福澤諭吉の固い絆です。1917(大正6)年、福澤の恩義に報いるべく北里が医学科の設立に尽力し、1920年に現在の信濃町の地にキャンパスが開設されました。
北里が掲げた「基礎医学と臨床医学の一体化(基礎臨床一体型)」という哲学は、1世紀以上の時を経た今も信濃町の隅々に息づいています。当時の記録や関係者の証言によると、北里は「学問のための学問ではなく、病に苦しむ患者を救う実学でなければならない」と繰り返し説いたといいます。
信濃町キャンパスの赤レンガ造りの建造物や歴史的遺構は、震災や戦災を乗り越えながら、最新鋭のインテリジェントビル群へと受け継がれてきました。単なる建物の近代化にとどまらず、「実学の精神」と「患者本位の医療」という無形の伝統が強固に受け継がれている点こそ、慶應医学部が誇る最大のアイデンティティです。