小説『国宝』藤駒のその後と結末|喜久雄との愛憎と娘の真相
物語の中で藤駒が選んだ道は、世間一般の物差しでは「日陰の女」「報われない愛人」と映るかもしれません。しかし、原作小説『国宝』および映画版で描かれた彼女の足跡を丹念に追うと、そこには強烈な美学と意志が宿っていました。 喜久雄の子を身ごもった際、藤駒は喜久雄に認知や結婚を迫ることは一切しませんでした。歌舞伎界という前近代的な家柄社会で、孤軍奮闘しながら看板役者へと登りつめようとする喜久雄にとって、花街の芸妓とのスキャンダルは致命傷になりかねないからです。藤駒は自らの意志で芸妓の看板を下ろし、京都を離れ、私生児となった娘・綾乃をたった一人で育てる決意を下します。
その後、藤駒は表舞台から完全に姿を消したわけではありませんでした。喜久雄が名声を得るにつれて周囲から孤立し、芸の狂気と孤独に苛まれる節目節目において、藤駒は精神的な避難所であり続けました。正妻・彰子(弁護士の令嬢)との形式的な結婚生活が冷え切るなか、喜久雄が真に素顔の「喜久雄」に戻れる場所は、藤駒が守る慎ましい生活空間だけだったのです。
やがて晩年に差しかかり、病に侵された藤駒は静かにその生涯の幕を閉じます。息を引き取る間際まで喜久雄を恨む言葉は一片もなく、自らが愛した天才役者の晴れ舞台を心から祈り続けたその最期は、読者の胸を締め付けました。喜久雄にとって藤駒は、単なる愛人ではなく「芸の神仏と現世をつなぎ止めてくれた唯一無二の命綱」でした。