怪童・久島海の早すぎる死因と伝説|田子ノ浦親方の無念と弟子たちの現在
2012年2月13日午前9時前、東京都墨田区に構えていた田子ノ浦部屋の稽古場で事態は一変しました。弟子たちの申し合い稽古を見守り、熱心に声を掛けていた田子ノ浦親方(元久島海)が、突如として激しい苦悶の表情を浮かべて土俵脇に崩れ落ちたのです。弟子の力士たちや部屋関係者が必死に呼びかけ、救急隊が駆けつけたものの、すでに心肺停止状態に陥っていました。搬送先の病院で懸命な蘇生措置が取られましたが、同日午前10時20分、息を吹き返すことなく死亡が確認されました。
病院および警察の検視により公表された正式な久島海の死因は、心筋に血液が供給されなくなる「虚血性心疾患(急性心筋梗塞など)」でした。あまりにも突然の病気による急逝は、角界関係者やファンに激震を走らせました。当時、部屋関係者が語った現場の状況によると、前日まで普段通りに弟子を指導しており、倒れる直前まで特段の異変を周囲に漏らすことはなかったといいます。
しかし、医学的見地や関係者の証言を丹念に辿ると、その身体は限界点に達していました。現役時代の久島海は、公称身長187cmに対して体重が最大204kgに達する巨体でした。力士にとって体重は強力な武器となる一方、内臓や循環器系には極度の負荷を強います。久島海は現役中盤から深刻な糖尿病を患っており、インスリン注射や食事療法と向き合いながら土俵に上がり続けていました。
糖尿病の長期化は全身の毛細血管を傷つけ、動脈硬化を急速に進行させます。引退後も体重が大幅に落ちることはなく、独立して田子ノ浦部屋を旗揚げしてからは、弟子集めや部屋運営の重圧、資金繰りといった心労が重なっていました。冬の厳しい寒さの中で行われる朝稽古の緊張感と急激な血圧変動が、動脈硬化の進んでいた心臓の冠動脈に決定打を与えたと推測されています。
突然の別れに直面した久島海の妻や家族の慟哭は計り知れません。稽古場と住居が一体となった相撲部屋で、夫であり師匠である大黒柱を失った女将さんは、深い悲嘆に暮れながらも、遺された若い弟子たちの行く末を守るため奔走することとなりました。