萬珍軒の玉子とじラーメンはなぜ深夜に行列か?名店の秘密と攻略法

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萬珍軒の歴史は、今から半世紀以上前の昭和41年(1966年)、名古屋市中村区内で引かれた一台のリヤカー屋台から幕を開けました。戦後の復興期を経て外食文化が急速に花開く中、創業者夫妻は「他店と同じ中華そばを出していては生き残れない。子どもから高齢者まで誰もが最後の一滴まで飲み干せる、新しい栄養満点のラーメンを作りたい」という強い信念を抱いていました。

当時の屋台ラーメンといえば、透明な醤油清湯スープが主流でした。創業者は中華料理の伝統的な技法である「スープにとろみをつけて卵を流し込む蛋花湯(ダンファータン)」から着想を得て、ラーメンスープに卵を融合させる試行錯誤を重ねます。しかし、通常のラーメンスープに生卵を入れるだけでは、卵が固まって分離し、スープが水っぽくなるか、あるいはボソボソとした口当たりになってしまいます。

数え切れない失敗の末にたどり着いたのが、スープの沸騰温度と卵液の投入速度、そして手鍋の攪拌リズムを極限まで計算した現在の抽出技術でした。出汁の脂分と卵のレシチンが理想的な温度帯で結合することで、とろみを人工的に加えることなく、自然な微細泡を伴うクリーミーなスープが誕生したのです。これこそが、現在「元祖玉子とじラーメン」として商標登録もされている萬珍軒のオリジナリティの源流です。

屋台時代から評判を呼んだその味は、昭和の終わりとともに現在の太閤通の店舗へと拠点を移し、二代目、三代目へとその職人技が厳格に受け継がれました。現在では名古屋のローカルカルチャーを象徴するソウルフードの一つとして、テレビ番組や各種メディア、全国のラーメン愛好家の手記でも頻繁に取り上げられる不動の地位を築いています。

山下 哲也

山下 哲也

自動車・モビリティライター

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。