佐藤愛子の若い頃が超美人!壮絶な借金と結婚歴・波乱の軌跡を徹底追跡
令嬢として華々しい青春を過ごした佐藤愛子氏を待ち受けていたのは、想像を絶する結婚生活の試練でした。彼女の結婚歴は2度、いずれも夫のトラブルによって激震に見舞われています。
1人目の夫は、戦時中に結婚した青年医師・弘中成二氏でした。裕福な病院の跡取りでしたが、戦後の混乱の中でモルヒネ中毒に陥り、精神的な破綻をきたして病院も閉院に追い込まれます。愛子氏は幼子を抱えながら夫の看病と暴力に耐え忍びましたが、最終的には別居・死別という悲劇的な結末を迎えました。
その後、文芸同人誌で出会った作家の田畑麦彦氏(本名・丹羽弘之)と再婚します。しかし、田畑氏が立ち上げた教育・出版関連の事業が杜撰な放漫経営の末に倒産。当時の金額で約2億円という天文学的な負債が残されました。現代の貨幣価値に換算すれば数十億円規模に匹敵する額です。
さらに田畑麦彦との離婚原因は、金銭トラブルのみならず、夫の無責任な雲隠れと愛人問題という決定的な裏切りでした。借金の連帯保証人に仕立て上げられていた愛子氏のもとには、昼夜を問わず取り立て屋や債権者が押し寄せることになります。
「逃げることは卑怯だ」と考えた愛子氏は、自ら矢面に立ち、執筆の原稿料で返済することを決意。その凄まじい修羅場の体験を喜劇的かつ骨太に描き切った小説『戦いすんで日が暮れて』(1969年)で見事、第61回直木賞を受賞しました。賞金と増刷された印税をすべて返済に充て、その後数十年をかけて莫大な借金を完済するという、前代未聞の快挙を成し遂げたのです。