阿部祐二の現在と病気の噂の真相|スッキリ後の活動や娘との絆
阿部祐二の最大のトレードマークといえば、事件現場でもひときわ目を引く185cmの堂々たる高身長と、低音で響く張りのある声です。実は彼のキャリアのスタートは、ジャーナリズムの世界ではなくファッションモデルと俳優業でした。
東京都板橋区に生まれ、名門の獨協中学校・高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部へ進学。大学在学中からその日本人離れしたプロポーションと精悍なマスクがスカウトの目に留まり、雑誌モデルとして頭角を現します。1983年にはテレビ朝日系の傑作刑事ドラマ『特捜最前線』に本名や芸名(伊達祐二など)で出演し、本格的に俳優デビューを果たしました。
しかし、俳優としての順風満帆に見えたキャリアに甘んじることなく、阿部は「台本のない生の現実を伝えたい」という知的好奇心から、30代を目前にしてリポーターへの転身を決断します。当時、高学歴イケメン俳優が泥臭いワイドショーの現場に飛び込む例は極めて異例でした。TBS系『ビッグモーニング』や日本テレビ系『ルックルックこんにちは』で頭角を現し、故・梨元勝氏に私淑しながら独自の取材スタイルを模索していきます。
梨元氏へのリスペクトから取材時に発する「恐縮です!」という言葉遣い、そして未曾有の事態を端的に切り取る「事件です!」のフレーズは、現場の緊張感を一瞬でお茶の間に届ける発明となりました。知性と肉体性を兼ね備えたこの稀有なハイブリッド構造こそが、彼を昭和から平成、令和へと生き残らせた最大のエンジンです。