阿部寛の身長はなぜ189Cm表記?逆サバ疑惑の真相と驚異のスタイルを検証
阿部寛のスタイルの本質は、単に背が高いことだけにとどまりません。特筆すべきは、日本人離れした尋常ではない頭身バランスと股下の長さにあります。
中央大学理工学部に在学中、姉の勧めで応募した「集英社第3回ノンノボーイ大賞」で優勝を果たした阿部寛は、1986年に創刊された男性ファッション誌『MEN'S NON-NO(メンズノンノ)』の専属モデルとして抜擢されました。創刊号から実に43号連続で単独表紙を飾るという前人未到の記録を樹立。当時の彼のビジュアルは、従来の日本人男性モデルの概念を根底から覆す異次元の完成度を誇っていました。
当時の資料やスタイル写真を確認すると、股下は推定85cm〜90cm近くに達しており、現代のトップスーパーモデルと比較しても全く見劣りしません。その圧倒的なプロポーションを武器に、彼は本場フランスのパリ・コレクション(パリコレ)のランウェイへの出演経歴も刻んでいます。しかし、当時のヨーロッパのファッション業界はまだアジア人男性モデルに対して極めて保守的であり、現地での活動は決して順風満帆なものばかりではありませんでした。
帰国後、映画『テルマエ・ロマエ』で古代ローマ人ルシウス役を演じた際、その強靭な肉体美は再び社会現象となりました。当時40代後半でありながら徹底的なウエイトトレーニングとタンパク質コントロールを行い、彫刻のような大胸筋と引き締まった下半身を作り上げました。公称されている阿部寛の身長と体重は「189cm・約75kg〜82kg前後」ですが、この映画の撮影時には体脂肪率を一桁台まで落とし、逞しい骨格そのものを強調する造形美へと到達しています。