ブルマとはどんな衣服か?学校から消えた決定的な真相と激動の歴史
ブルマという呼称の直接のルーツは、19世紀半ばのアメリカで女性参政権運動や禁酒運動を牽引した女性活動家、アメリア・ブルーマー(Amelia Jenks Bloomer)の名前にあります。当時の欧米女性は、クジラの骨やワイヤーで組まれた巨大な骨組み(クリノリン)と、内臓を圧迫する強固なコルセットで身体を締め付けられ、重力と布の重みに耐える生活を強いられていました。そうした束縛から女性の肉体を解き放ち、健康的で動きやすい日常着として彼女が雑誌『ザ・リリー』を通じて広く普及させたのが、ゆったりとしたトルコ風ズボンの上に膝丈の短いスカートを重ねるスタイルでした。
この改良服は彼女の名を取って「ブルーマーズ(Bloomers)」と呼ばれ、当初は「女性がズボンを穿くなど破廉恥だ」と激しい社会的バッシングに晒されたものの、19世紀末に世界的な自転車ブームが巻き起こると、安全にペダルを漕げる実用的な衣服として瞬く間に女性たちの支持を獲得しました。
日本にこの衣服が持ち込まれたのは明治時代末期のことです。体操伝習所や日本女子体育大学の創設に深く関わった体操指導者・井口阿くりらがアメリカ留学から持ち帰った教育プログラムとともに、女子生徒の運動用衣服として導入されました。当時の日本で定着したのは、膝丈で裾にゴムを入れてふんわりと膨らませた「ちょうちんブルマの歴史」の始まりとなる形状でした。袴(はかま)に代わる機能的かつ慎み深い運動着として、昭和初期から戦後にかけて教育現場に根付いていったのです。