真田広之が世界を制した真の理由|エミー賞快挙から現在までの全貌
真田広之の現在を形作った土台は、昭和の映画界で培われた驚異的な身体表現にある。幼少期に劇団ひまわりで子役として活動を開始した彼は、故・千葉真一氏が創設したジャパン・アクション・クラブ(JAC)へ入門。空手、器械体操、殺陣、乗馬など、徹底的な身体訓練を自身に課した。
1980年代、『魔界転生』や『里見八犬伝』などで見せたスピード感あふれるアクションは、当時の日本映画界に鮮烈な衝撃を与え、彼は一躍トップアイドル的な人気を獲得する。しかし、端正な容姿とアクロバティックな身のこなしで熱狂を集める一方で、本人は「アクションができるアイドル俳優」という枠に閉じ込められることに強い危機感を抱いていた。
30代に入ると、彼は深作欣二監督の骨太な人間ドラマに身を投じ、蜷川幸雄演出の舞台や坂東玉三郎との共演などを通じて、本格的な演技派としての地歩を固めていく。そして1999年の英国RSC『リア王』道化役への挑戦で名誉大英勲章第5位(MBE)を受勲。さらに2002年の映画『たそがれ清兵衛』では、静かな佇まいの中に圧倒的な哀愁と武士の誇りを宿らせ、米アカデミー賞外国語映画賞ノミネートという国際的な評価を決定づけた。
アクションという確固たる武器を持ちながら、それに甘んじることなく言葉劇の極北へと突き進んだ若い頃の愚直なまでの研鑽こそが、現在の真田広之を支える絶対的な背骨となっている。