辻希美はなぜ炎上し続けたのか?アンチ急減と好感度逆転の真相

辻希美はなぜ炎上し続けたのか?アンチ急減と好感度逆転の真相の具体的な内容に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。

辻希美さんのブログ炎上歴代エピソードを振り返ると、現代の基準では考えられないほど理不尽な理由で叩かれていた事実が浮き彫りになります。その代表格として語り継がれているのが、いわゆる「ウインナー炎上」です。

当時、朝食やお弁当のメニューとしてウインナーを焼いてブログに載せたところ、「朝から加工肉を食べさせるなんて母親失格」「添加物が子どもの体に悪い」といった批判が殺到。さらには、ウインナーに可愛いピック(爪楊枝)を刺しただけで「子どもが喉を突いたらどうするのか」と炎上する事態にまで発展しました。流しそうめんを自宅で楽しめば「不衛生」、イチゴ狩りで練乳を持参すれば「農家に失礼」と、日常のあらゆる一コマがバッシングの燃料へと変換されたのです。

そして、最も世間を騒然とさせたのが、元モーニング娘。の盟友である後藤真希さんの母親の葬儀(通夜・告別式)における服装騒動でした。

2010年1月に営まれた通夜・葬儀に参列した際、辻さんは黒のミニスカートの喪服に黒の大きなリボンを頭につけ、長いネイルのまま参列したと報じられ、ワイドショーやネット掲示板で「TPOを弁えていない」「非常識極まりない」と猛烈な批判を浴びました。

この一件の真相について、当時の報道関係者や関係筋の証言を検証すると、辻さん本人は当時22歳。モーニング娘。の先輩の急な訃報に激しい動揺と悲しみを抱えながら、自分なりに礼服として用意した装いでした。しかし、礼装マナーの知識不足と、アイドル時代の延長線上にあるヘアアクセサリーのチョイスが、世間の礼節規範と激しく衝突してしまったことは否めません。

後に辻さんは特番のインタビューや自著『大好きな人と結婚した、その後。』などの手記において、「当時は息をするだけで叩かれている感覚だった」「ブログを更新するのが怖くて手が震え、毎晩のように泣いていた」と当時の壮絶な精神的苦痛を告白しています。世間が面白半分で消費していたバッシングの裏側で、二十代前半の若い母親は極度の孤立とプレッシャーに直面していたのです。

橋本 菜々子

橋本 菜々子

トレンドリサーチャー

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。