片岡愛之助の隠し子騒動の全貌|息子の現在とDna鑑定の真相を追う
報道の狂騒から離れた場所で、当事者たちはどのような現実に直面していたのでしょうか。大阪の歌舞伎興行関係者や、当時を知る知人は次のように現場の空気感を述懐しています。
「愛之助さんは元々、一般家庭から厳しい歌舞伎の世界へ飛び込み、後ろ盾のない中で並大抵ではない苦労を重ねて松嶋屋の大名跡を継ぎました。それだけに、歌舞伎の世界の厳しさと、世間の差別の目を誰よりも肌身で理解していた。会見で見せた硬い表情は、女性への申し訳なさだけでなく、自分の血を引く子どもに同じ苦しみを背負わせたくないという防衛本能だったと感じます」(松竹関係者)
一方で、母親側の心理についても同情的な証言が存在します。女手一つで関西で男児を育て上げる過程では、父親がテレビや大河ドラマで国民的人気を獲得していく姿をテレビ越しに見守る日々でした。父親の華々しい活躍と、自分たちが置かれた日陰の立場とのコントラストが、再婚報道を機に一気に感情的な爆発となって噴き出したのは想像に難くありません。
双方が雇った代理人弁護士を挟むことで、本来であれば心を通わせるべき親子の対話が「法的な文面の応酬」にすり替わってしまったことこそが、この問題の最大の悲劇でした。双方が自分たちの正義を主張した結果、週刊誌の紙面を介した冷え切った対立関係として世間に露呈してしまったのです。