安楽死の方法と法制度の現在地|スイスの条件と日本の議論を検証
日本において安楽死を語る上で欠かせないのが、司法が示した判断基準です。現在に至るまで国会で安楽死を認める法律が制定されたことはなく、刑法202条の規定が厳格に適用されます。
積極的安楽死に関する代表的な判例が、1995年の「東海大学病院安楽死事件」における横浜地方裁判所の判決です。末期がん患者に対し塩化カリウムを投与して死亡させた医師に対し、裁判所は有罪(懲役2年、執行猶予2年)を言い渡したものの、積極的安楽死が例外的に違法性を阻却される(罪に問われない)ための「4要件」を判示しました。
- 第1要件:患者が耐え難い肉体的苦痛に苦しんでいること。
- 第2要件:死が避けられず、その死期が切迫していること。
- 第3要件:肉体的苦痛を除去・緩和するための代替手段が他に尽きていること。
- 第4要件:生命の短縮を承諾する患者の明確な意思表示があること。
一見すると条件を満たせば合法化されるようにも読めますが、法曹界および医療倫理の専門家は「現代の医療においてこの4要件を同時に満たすことは実質的に不可能に近い」と指摘します。特に「第3要件(代替手段の尽滅)」については、現代の終末期医療・緩和ケアにおける薬物療法(麻薬系鎮痛薬や持続的深い鎮静)の進歩により、「耐え難い肉体的苦痛を医学的に抑える手段が完全にゼロである」と証明することは困難を極めるためです。
また、2009年の最高裁判決に至った「川崎協同病院事件」では、気管内チューブを抜去し筋弛緩剤を投与した医師の殺人罪が確定しました。この判例によって、消極的安楽死(延命措置の中止)であっても、患者の病状が回復不能な末期状態にあり、本人の事前指示や家族の推測意思に基づく極めて慎重な手続きを踏まない限り、違法行為とみなされる厳格な司法判断が確立されています。