久米宏に娘はいるのか?子供を持たない真実と妻・麗子と歩む現在
多くの世帯が「結婚して子供を育て、マイホームを持つ」ことを自明の幸せとして信じて疑わなかった昭和の高度経済成長期。その真っ只中において、久米宏夫妻が「子供を作らない」という明確な意思統一を図っていた事実は、極めて異例かつ先駆的でした。
自著『久米宏です。』や過去のインタビュー記録によると、子供を作らないと決めた理由は、夫婦の新婚当初における深い対話と合意に基づいています。
久米氏自身が繰り返し述懐しているのは、戦後の日本社会が突き進んでいた過酷な受験競争や管理教育に対する強い違和感です。「テストの点数で序列化され、画一的なレールに乗せられる社会に、新たな生命を無責任に送り出すことが本当に正しいのか」という、生真面目すぎるほどの倫理的葛藤を抱えていました。自らの血筋を残すことに対する執着が薄く、「自分の遺伝子を無理に残す必要性を感じない」というシニカルで冷静な視線も、若き日の久米氏の中に一貫して存在していました。
同時に、妻の麗子氏もまた一人の自立したクリエイターとしての強い自我を持っていました。「母親」という社会的役割に埋没することなく、対等な人間として久米氏と向き合い、自らの人生を全うしたいという麗子氏の意思。二人の価値観は完全に合致し、外圧や周囲の「子供はまだか」という無遠慮な干渉に屈することなく、二者関係を完結させる選択を貫いたのです。