日本唯一の飛び地・和歌山県北山村の謎!じゃばらと筏下りの魅力解剖
日本地図を広げると、北山村の特異性は際立っています。東と南は三重県(熊野市)、西と北は奈良県(十津川村・上北山村・下北山村)に囲まれており、和歌山県の本体とは物理的に一切接していません。全国に市区町村単位の飛び地はいくつか点在するものの、基礎自治体全体が完全に他県に囲まれた飛び地となっているのは日本国内で北山村ただひとつです。
なぜ隣接する奈良県や三重県ではなく、和歌山県に属しているのか。その答えは、江戸時代から続く木材と筏流し(いかだながし)の歴史にあります。
北山村は古くから良質なスギやヒノキの産地として知られていました。しかし、四方を険しい山に囲まれたこの地から切り出した木材を運ぶ手段は、急流の北山川しかありませんでした。村人たちは木材を筏に組み、命がけで北山川を下って河口の和歌山県新宮(現在の新宮市)へと材木を運び出していたのです。新宮は木材の集散地として栄え、北山村の人々にとって経済的・文化的な生活の拠り所そのものでした。
江戸時代の紀州藩領時代を経て、明治4年(1871年)の廃藩置県が行われた際、当初の区割り案では地理的な近さから奈良県や三重県への編入も議論されました。しかし、村人たちは「生活も生業もすべて新宮(和歌山)と一体である」と強く主張し、和歌山県への編入を熱望。住民たちの意志が認められ、現在の全国唯一の飛び地が誕生しました。道路網が整備された現在でも、新宮市との結びつきは深く息づいています。