時をかける少女と尾道|伝説ロケ地の現在と巡礼完全ガイド
大林宣彦監督の自著や当時のメイキング特番、スタッフの手記によると、本作の製作は極めて過酷な条件下で進行していました。当時角川映画の大型新人としてデビュー直後だった原田知世は、過密なスケジュールと重圧のなかで現場に臨んでいました。
大林監督は、原田知世の持っていた「演技未経験ゆえの硬さや独特の透明感」をあえて矯正せず、そのまま思春期の少女の揺らぎとしてフィルムに定着させる演出方針を採りました。有名な瓦坂での転落シーンや時間跳躍のカットでは、コマ落としや逆再生、ストップモーションといった実験的映画技法をふんだんに投入。監督自身が「知世という少女の今この瞬間しかない輝きを、尾道の風景に永遠に閉じ込める」と語った通り、ドキュメンタリー性とファンタジーが奇跡的なバランスで融合した作品となったのです。
撮影当時、尾道の住民たちは炊き出しやエキストラ出演、ロケ場所の提供など全面的なバックアップ体制を敷きました。『転校生』で築かれた地元との信頼関係があったからこそ、細い路地や民家の密集する尾道市街地でのゲリラ的かつ緻密な撮影が可能になったという証言が残されています。