宮本亜門の現在と壮絶半生|がん克服・改名の真相から独身の理由まで

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宮本亜門のドラマチックな人生を語る上で欠かせないのが、東京・銀座で過ごした幼少期と、その後の壮絶な挫折経験です。

宮本亜門の実家は、歌舞伎や大衆演劇の殿堂として知られる新橋演舞場の真向かいにあった老舗喫茶店「絵李花(えりか)」です。元新橋芸妓であった母と、ハイカラでモダンな文化を愛した父のもとに生まれた彼は、幼い頃から花柳界の華やかさと演劇の熱気に囲まれて育ちました。店には数々の名優や舞踊家、作家が出入りし、日常のすぐ隣に舞台芸術が存在する特異な環境でした。

しかし、思春期を迎えると状況は一変します。名門私立校に進学したものの、周囲の価値観に馴染めず、深刻なアイデンティティの危機に直面。高校時代には完全な不登校・引きこもり状態に陥り、自室に閉じこもってクラシック音楽や美術書に没頭する日々を過ごしました。一時は重度の抑鬱状態に陥り、自ら命を絶とうとするほどの深い絶望を経験しています。

その暗闇から彼を救い出したのが、他でもない「ミュージカルとダンス」でした。玉川大学文学部芸術学科演劇専攻に進学後、自らの身体を使って表現することに目覚めた宮本亜門は、ダンサー・振付師として頭角を現します。数々の名作舞台に出演した後、ロンドンへの留学を経て、1987年に自ら演出を手掛けたオリジナルミュージカル『アイ・ガット・マーマン』で演出家デビュー。同作で文化庁芸術祭賞を受賞し、日本の演劇界に鮮烈な衝撃を与えました。

そして2004年、宮本亜門は演劇界の最高峰であるニューヨーク・ブロードウェイへ進出します。スティーヴン・ソンドハイム作詞・作曲の傑作ミュージカル『太平洋序曲(Pacific Overtures)』を東洋人演出家として初めて演出し、トニー賞4部門ノミネートという歴史的快挙を成し遂げました。引きこもりの少年が、銀座の喫茶店から世界の頂点へと駆け上がったこの軌跡は、日本のカルチャー史における伝説となっています。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。