門田博光の伝説と晩年|40歳本塁打王の偉業と知られざる真相
1988年オフ、南海ホークスがダイエーへ球団売却され、福岡へ移転することが決定。門田氏は大阪に残ることを強く希望し、オリックス・ブレーブスへ移籍しました。
オリックスでは、門田氏(DH)、ブーマー・ウェルズ氏、藤井康雄氏、石嶺和彦氏らが並ぶ超強力打線「ブルーサンダー打線」の主軸として大暴れ。移籍初年度の1989年にも33本塁打を放ち、球団を牽引しました。
このオリックス時代に生まれた屈指の珍プレー・伝説が「ブーマーとのハイタッチ脱臼事件」です。1989年6月7日の試合で本塁打を放ってベンチへ戻った門田氏が、巨漢のブーマー選手と力強くジャンプしてハイタッチを交わした瞬間、右肩を脱臼。苦悶の表情でベンチ裏へ下がり、自力で肩をはめ直したというエピソードは、ファンの間で今も語り草となっています。
その後、1991年には古巣の流れを汲む福岡ダイエーホークスに復帰。福岡ドーム建設前の平和台球場を沸かせ、1992年に多くのファンに惜しまれながら44歳でユニフォームを脱ぎました。