2億円の幻犬チベタンマスティフの現在|バブル崩壊と野良犬化の真相
チベタンマスティフブームの崩壊がもたらした最大の爪痕は、原産地である青海省やチベット自治区の高原地域に押し寄せた「野良犬化」の波です。ブーム期にはチベット族の遊牧民までもが牧畜を放り出して繁殖事業に乗り出しましたが、市場が瓦解すると高額な飼料代を賄えなくなった業者や飼い主が、数万頭にのぼる犬たちを高山地帯へ遺棄しました。
本来、標高3000〜4000メートルを超える極寒の過酷な環境に適応した屈強な体躯を持つチベタンマスティフは、野に放たれると瞬く間に野性を取り戻し、巨大なパック(群れ)を形成しました。北京大学などの学術調査チームが現地で記録した映像には、複数のチベタンマスティフがチベット高原の生態系の頂点に君臨する絶滅危惧種ユキヒョウやヒグマを取り囲み、獲物を力づくで強奪する姿が捉えられています。さらに、チベットノロバや小型哺乳類の乱獲、現地の固有種への捕食圧が急増し、生態系バランスを根底から揺るがしています。
被害は野生動物にとどまりません。群れをなした野良マスティフはチベット仏教の寺院周辺や村落に棲みつき、巡礼者や通学中の子ども、高齢者を襲撃する重大な人身事故を頻発させています。現地の僧侶や保護活動家が私財を投じて避妊・去勢手術や保護シェルターの建設を進めているものの、あまりの個体数の多さに収容能力は限界を迎えています。人間の見栄と金銭欲が生み出した生命の過剰生産が、神聖な高原地帯に深刻な人道・環境危機をもたらした現実は重く受け止めなければなりません。