Fns歌謡祭の会場はなぜ飛天の間?第1夜と第2夜の違いや観覧倍率の真相
今でこそ「FNS歌謡祭=飛天の間」というイメージが定着していますが、1974年の番組開始当初からこの場所で行われていたわけではありません。番組の歴史を紐解くと、時代ごとの音楽カルチャーの移り変わりが会場の選定にも色濃く反映されています。
番組初期から1980年代半ばにかけては、賞レース全盛期でした。当時の予選や本選は、昭和の音楽の聖地であった中野サンプラザや、伝統の日本武道館を舞台に厳格な審査体制のもとで開催されていました。オーケストラピットを備え、大衆音楽の王道を競い合う場としてこれらの大型ホールが最適な選択肢だったのです。
転換期が訪れたのは1990年代初頭です。音楽シーンの多様化に伴い、番組はコンテスト形式(賞レース)を撤廃し、「その年を彩ったアーティストが一堂に会する音楽の祭典」へと大幅なリニューアルを敢行。1996年からメイン会場をグランドプリンスホテル新高輪「飛天」へと移転しました。競い合う場所から、音楽を讃え合う祝祭空間へ——会場の変遷そのものが、日本の歌番組のパラダイムシフトを物語っています。