ラジオ体操の歌「新しい朝が来た」歌詞全文と知られざる歴史を徹底解明
私たちが現在歌い継いでいる『ラジオ体操の歌』は、1951年(昭和26年)に発表された3代目の楽曲です。作詞を手掛けたのは、NHKの人気ラジオ番組『話の泉』の出演者としても知られた詩人・作詞家の藤浦洸。そして作曲を担当したのが、声楽家であり国民栄誉賞を受賞した歌手・作曲家の藤山一郎でした。
当時、日本は第二次世界大戦の敗戦による深い混迷から立ち上がり、平和条約調印(サンフランシスコ平和条約)に向けて歩みを進めていた復興期でした。藤浦洸は、戦災で傷ついた国民が朝の澄んだ空気を吸い込み、再び前を向いて歩き出せるようにとの願いを歌詞に込めました。朝を「希望」、風を「香る風」、光を「かがやく光」と表現し、2番では山々や谷を越えて全国津々浦々に連帯を呼びかけ、3番では「手をとって輪をつくる」という平和と協調のヴィジョンを提示しています。
作曲にあたった藤山一郎は、東京音楽学校(現・東京藝術大学音楽学部)声楽科を首席で卒業した本格派の音楽理論を駆使しました。行進曲(マーチ)としての躍動感と、子どもから高齢者まで無理なく発声できる音域設計を両立。最後の「それ 一 二 三」という号令へ向けて心地よく高揚するメロディラインを創り上げました。ピアノ伴奏の軽快なイントロは、聴くだけで体を動かしたくなる強い牽引力を持っています。