兜町の風雲児・中江滋樹の真実|投資ジャーナル事件と壮絶な最期
中江滋樹は1954年(昭和29年)、滋賀県近江八幡市に生まれました。幼少期から数字に強い関心を示し、高校中退後に相場の世界へ足を踏み入れます。証券会社の営業員や相場情報通との交流を通じてチャート分析や仕手筋の動向を独学で学び、弱冠20代前半にして株式市場の裏表を熟知する存在へと急成長しました。
1978年、東京・日本橋兜町を拠点に証券情報誌を発行する「投資ジャーナル社」を設立。当時はまだ珍しかった派手なテレビCMや新聞・雑誌の大規模な広告展開、歯切れの良い推奨銘柄の的中アピールによって、一般の個人投資家から絶大な支持を集めることに成功します。「兜町の風雲児」という異名は瞬く間に全国へ轟き、若き天才相場師として時代の寵児となりました。
報道各社の当時の取材記録によると、中江は自らを「相場を操る演出家」と位置づけ、会員制の投資サロンを相次いで立ち上げました。独自のカリスマ性と情報力で会員数を急拡大させ、ピーク時には関連会社を含めて数百人規模の従業員を抱える一大グループを形成するに至ったのです。