Tokio若い頃の国宝級イケメン伝説!デビューから全盛期の激変まとめ
TOKIOの美しさは、単なる造形の良さだけではなく、各自が歩んできた過酷な下積みと特異な個性から滲み出るものでした。ここではTOKIOメンバーの年齢順(年長者順)に、当時の貴重なエピソードとともにその軌跡を紐解きます。
1. 城島茂(1970年11月17日生まれ/リーダー・ギター)
グループ最年長の城島茂は、デビュー当時ですでに23歳。事務所入りは1986年と古く、城島茂のジュニア時代写真を検証すると、光GENJIのバックダンサーを務め「平家派」の一員として活動していた頃は、線の細い端正な美男子として知られていました。デビュー会見で見せた少し大人びた落ち着きと、ギターを手にしたときのストイックな横顔は、若年メンバーをまとめる精神的支柱としての深みをすでに醸し出していました。
2. 山口達也(1972年1月10日生まれ/ベース)
山口達也のデビュー当時は、健康的な小麦色の肌と引き締まった体躯、そして人懐っこい笑顔のコントラストが圧倒的な支持を集めていました。ベースを担当しながら力強いコーラスを響かせ、サーフィンや大工仕事で培われるタフネスの片鱗は10代の頃から際立っており、正統派美形グループの中で「野生味あふれる男の色気」という独自のポジションを即座に確立しました。
3. 国分太一(1974年9月2日生まれ/キーボード)
国分太一の昔の経歴において外せないのが、SMAPの前身グループである「スケートボーイズ」への参加経験です。ジュニア時代から卓越したダンスセンスと愛らしいルックスでトップクラスの人気を誇っていました。TOKIO結成にあたりキーボードへ転向した当初は猛特訓を重ね、繊細な指先と軽快なトーク力でグループの親しみやすさを牽引するキーマンとなりました。
4. 松岡昌宏(1977年1月11日生まれ/ドラム)
松岡昌宏の若い頃と現在を比較した際、最も人々を驚かせるのがその抜群のプロポーションです。デビュー当時は170cm台後半のスラリとした長身に、驚異的な小顔と紫がかったオーラすら感じさせる涼やかな目元がトレードマークでした。高校に通いながらドラムスティックを回す姿は、まさに少女漫画から飛び出してきた不良系美少年の決定版であり、ドラマ『ナースのお仕事』などで見せたスタイリッシュな姿は当時のティーンを熱狂させました。
5. 長瀬智也(1978年11月7日生まれ/ボーカル)
そして、世間を最も震撼させたのが長瀬智也の若い頃のビジュアルです。14歳でTOKIOのサポートに入り、15歳で正式デビューした当時の長瀬は、彫刻のように整った鼻筋と大きな瞳を持つ、奇跡的な美少年でした。20代に入るとドラマ『池袋ウエストゲートパーク(IWGP)』(2000年)や『タイガー&ドラゴン』(2005年)で見せたワイルドで無骨なカリスマへと変貌を遂げますが、10代中盤の「儚いほどの美貌」は、今なお日本の男性アイドル史における最高到達点の一つと語り継がれています。