柳条湖事件の真相に迫る!満州事変との違いや首謀者・自作自演の全貌

柳条湖事件の真相に迫る!満州事変との違いや首謀者・自作自演の全貌に関する専門家の意見を丁寧に解説いたします。

柳条湖事件を企て、実行に移した中枢人物が、関東軍作戦主任参謀の石原莞爾(いしわら かんじ)中佐と、高級参謀の板垣征四郎(いたがき せいしろう)大佐です。特に石原莞爾は、軍事史上稀に見る異才の戦略家として知られ、この謀略全体の精密な青写真を描いた張本人でした。

石原が当時唱えていたのが、独自の戦争哲学である「世界最終戦論」です。石原は、いずれ人類は東洋の覇者である日本と、西洋の覇者であるアメリカによる最終戦争を迎え、その後に世界平和が訪れると本気で信じていました。そして、強大な工業力と資源を持つアメリカとの長期戦に耐えうる自給自足の強固な経済ブロックを構築するためには、満州の鉱物資源(鉄鉱石・石炭)と広大な土地を日本の実質的領土として掌握することが死活問題だと確信していたのです。

彼らの謀略の生々しさは、戦後に出版された関係者の回想録にも赤裸々に記録されています。実行責任者の一人であった花谷正元中将は、1956年の手記(『別冊知性』掲載「満州事変はこうして計画された」)のなかで、次のような決定的な告白を残しています。

「9月18日夜、河本中尉の手によってレールが爆破された。爆音はさほど大きくなかった。……計画通り、すべては中国軍の不法攻撃として処理された。参謀本部の建川少将は奉天の料亭に案内され、泥酔させられて寝かされていた。」

計画を止めるために派遣された陸軍参謀本部の特使を高級料亭で歓待し、酒で昏睡させている間に既成事実を作ってしまうという、軍紀を完全に無視した下剋上でした。現地の最高指揮官であった本庄繁関東軍司令官も、事態が始まると板垣や石原の気迫と「自衛のための反撃」という論理に押し切られ、全軍への進撃命令に署名することになります。現地の一握りのエリート参謀たちが、国家と数千万人の運命を強引にハイジャックした瞬間でした。

山崎 陸

山崎 陸

ガジェット&アプライアンスライター

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