宮下公園のホームレスはどこへ消えた?再開発立ち退きの真相と現在
詳細を見る
渋谷駅と原宿駅の中間に位置する宮下公園は、1953年に開設され、1966年には日本初の人工地盤(1階が駐車場、2階が公園)を持つ立体公園として整備されました。バブル崩壊後の1990年代半ばから、リストラや日雇い労働の減少によって居場所を失った人々が集まり始め、最盛期には100張り前後のテント村が形成されるに至りました。
宮下公園に野宿者が集まった主な宮下公園 ホームレス 理由としては、以下の要因が挙げられます。
- 交通至便と立地条件:都心の主要ターミナルである渋谷駅至近でありながら、人工地盤の上という構造上、外部からの視線が適度に遮られていたこと。
- 生活の糧の確保:繁華街が近いため、空き缶回収や雑誌集めなどの資源回収ルートが確立しやすかったこと。
- 支援団体の拠点:「のじれん(渋谷・野宿者の生存と生活を見とどける会)」をはじめとする市民支援団体による炊き出しや健康相談、生活相談が定期的に行われていたこと。
しかし、2000年代後半から転機が訪れます。2008年、渋谷区は公園のネーミングライツ(命名権)をナイキジャパンに売却し、スケートパークやクライミングウォールを備えた有料スポーツ公園へと改修する計画を発表しました。これに対し、当事者や支援団体、アーティストらによる宮下公園 再開発 反対運動が激化。「公共空間の商業化」と「野宿者の強制排除」を巡って抗議キャンプが設営されるなど、国内外から注目を集める社会問題へと発展しました。
渋谷区は2010年9月、公園内のテントを撤去するため宮下公園 行政代執行を断行。この衝突を経て一時的にリニューアルされたものの、老朽化対策や2026年東京オリンピックに向けた再開発の一環として、2017年に再び閉鎖。三井不動産と連携したPark-PFI事業によって、現在の複合施設「MIYASHITA PARK」へと完全に生まれ変わることになりました。