多摩六都はなぜ5市?名前の謎と合併の歴史・科学館の魅力を徹底解剖
「多摩六都」という名称のルーツを辿ると、昭和から平成へと移り変わる1987年(昭和62年)に発足した「多摩北部都市広域行政圏協議会」に行き当たります。当時、東京都北多摩地域の北部にある近隣6自治体が、行政の垣根を越えて文化やインフラの共同事業を推進するために手を結びました。
結成当時の構成市は、以下の6つの自治体でした。
- 小平市
- 東村山市
- 田無市
- 保谷市
- 清瀬市
- 東久留米市
それぞれの市を「都(みやこ)」に見立て、北多摩を代表する6つの都市という意味を込めて「多摩六都」という愛称が定着しました。転機が訪れたのは2001年(平成13年)1月のことです。田無市と保谷市が合併し、全国的にも注目を集めた新自治体「西東京市」が誕生しました。
自治体の数は6市から5市へと減少しましたが、長年親しまれてきた広域連携のブランド力や、すでに設立されていた施設の名称を尊重し、合併後も「多摩六都」の呼び名と枠組みがそのまま引き継がれています。これが「5市なのに六都」と呼ばれるシンプルな真相です。