中国はなぜ尖閣諸島を主張するのか?歴史的根拠と2026年の最新情勢
中国側は自らの領有権の根拠として、明代(1368〜1644年)や清代(1644〜1912年)の古文書に「釣魚島」「赤尾嶼」といった名称が記録されていることを挙げています。明や清の皇帝が琉球王国へ使者を送る際に記された使節記録(「使琉球録」など)に島々の名が登場することを根拠に、「数百年も前から中国が発見・命名し、利用・管轄していた」と主張しているのです。
しかし、国際法の観点から検証すると、中国側の論理には重大な欠陥が存在します。当時の航路日誌や使節記録に記載されていたのは、単に「中国本土から琉球へ向かう航路の目印(航路標識)」として島々を視認したという事実に過ぎません。近代国際法において領有権を確立するためには、単なる発見や命名だけでは不十分であり、国家による主権の行使(実効的支配)が継続して行われていたかどうかが厳格に問われます。
中国側が尖閣諸島を実効支配していた記録や、防衛・行政組織を恒常的に配置していた証拠は存在しません。さらに決定的と言えるのが、1953年に中国共産党の機関紙である『人民日報』が掲載した記事や、1958年に中国の国家地図出版社が発行した公認地図『世界地図集』において、尖閣諸島を「魚釣島」など日本名で表記し、明確に「沖縄県(日本領)」の一部として扱っていた事実です。中国側が持ち出す歴史的文献は、自国の近代公文書や地図との整合性を著しく欠いています。