ひつまぶしの正しい食べ方完全ガイド|本場名古屋の4等分と極上の技
ひつまぶしの歴史を語る上で欠かせないのが、熱田神宮の門前に店を構える創業明治6年(1873年)の老舗「あつた蓬莱軒」です。「ひつまぶし」という名称は同店の登録商標でもあり、現在では名古屋名物を象徴する一般名称として広く親しまれています。
では、なぜ鰻を細かく刻んでお櫃に盛るようになったのでしょうか。当時の記録や関係者の証言によると、その発祥理由は大きく2つあります。
明治時代、鰻の出前を行う際に陶器の丼(どんぶり)を使っていましたが、配達中に割れてしまう事故が多発していました。そこで、割れない木の器(お櫃)に大勢分のご飯と鰻を入れて出前するスタイルへと切り替えたことが始まりとされています。
しかし、大きな鰻をそのまま乗せると、最初に取り分けた人が鰻ばかり取ってしまい、後の人に鰻が行き渡らないという不公平が生じました。そこで「細かく刻んでご飯と混ぜ合わせ(まぶし)、全員に均等に鰻が行き渡るようにした」という、現場のおもてなしと工夫から誕生したのが「ひつまぶし(櫃まぶし)」の語源とされています。