話題沸騰中の 第44代横綱・栃錦の伝説|栃若時代から両国国技館建設までの全貌について、主要な情報をご紹介しています。
栃錦が残した数字は、現代の力士と比較しても極めて異彩を放っています。体重120kg前後の体格で、いかに効率的かつ支配的な強さを発揮していたのか、客観的なデータからその凄みを可視化します。
項目詳細・数値データ一般的な基準・相場編集部の見解・評価幕内通算成績513勝203敗1分44休(勝率.716)横綱昇進基準:勝率7割前後激戦区の1950年代において7割超の勝率を長期維持した安定感は特筆に値する。幕内最高優勝回数10回(うち全勝優勝2回)大横綱の目安:優勝10回以上二桁優勝を達成した横綱は歴代でも一握り。名実ともに昭和を代表する大横綱。技能賞獲得数9回(歴代最多タイ)三役力士平均:2〜3回程度平幕・三役時代に圧倒的な技量を示し、横綱昇進後は三賞対象外ながら実力を証明。現役時の体格身長178cm / 体重124kg現代幕内平均:約184cm / 160kg現代基準では極めて小柄。体重差を「梃子の原理」と「出足」で無効化した。得意手・主な決まり手左四つ、寄り、出し投げ、内掛け押し出し・寄り切りが全体の約6割基本の四つ相撲を軸に、土俵際の逆転技や足技を融合させた「技のデパート」の祖。
日本相撲協会公式サイトの歴代記録が示すように、栃錦の通算成績578勝245敗1分1痛分44休(66場所)という数字は、単なる勝敗数以上の密度を誇ります。1951年1月場所では初日から7連敗という泥沼を経験しながら、後半戦で驚異の8連勝を記録して勝ち越しをもぎ取るなど、逆境における精神的なタフネスも群を抜いていました。