市川猿之助事件の全真相と現在|裁判判決・遺書の背景と復帰の行方
屋台骨を失った一門「澤瀉屋(おもだかや)」の存続危機を救うべく立ち上がったのが、従兄である市川中車(香川照之)とその長男・市川團子でした。
事件当時、明治座で上演中だった『市川猿之助奮闘特別公演』では、團子が急遽代役を務め、若干19歳(当時)とは思えない堂々たる演技で見事に舞台を完遂。観客からスタンディングオベーションを受け、歌舞伎座をはじめとする伝統芸能界に大きな希望を与えました。
その後も市川中車は自らの一門の結束を固め、各地の劇場で澤瀉屋の伝統演目や新作の上演を精力的に牽引。團子も大学での学業と並行して『新・三國志』や『ヤマトタケル』などの大役に次々と挑戦し、若手花形役者としての評価を確固たるものにしています。松竹をはじめとする興行側も、澤瀉屋の看板を絶やさないための長期的な育成プランを継続しています。