ペリカン便はなぜ消えたのか?日通撤退とゆうパック統合の真相
ペリカン便が完全にゆうパックへ一本化された2010年7月1日。その船出は、日本の物流史上まれに見る大パニックとして記憶されています。
統合初日、全国の主要郵便局や物流拠点には、旧ペリカン便の荷物とゆうパックの荷物が一挙に雪崩れ込みました。しかし、旧日通の作業員と郵便局員で引継ぎが完了しておらず、端末の操作方法やバーコードの読み取りエラーが頻発。さらに折悪しく国内配送が最も過密を極める「お中元商戦」の真っ只中でした。
当時の報道各社の取材や現場関係者の手記によると、物流ハブセンターの構内には荷物を満載したカゴ台車が溢れかえり、通路すら塞がれる状態に陥っていました。「どの荷物がどこ行きなのか追跡すらできない」「チルド(冷蔵)便用の保冷施設に入り切らず、常温の倉庫に放置された生鮮食品が異臭を放ち始めた」という現場職員の生々しい証言が週刊誌やテレビ報道で連日暴露されたのです。
ネット掲示板や当時のSNSには、「楽しみにしていた産地直送のフルーツがドロドロになって届いた」「1週間経っても荷物がターミナルから動かない」といった利用者の悲鳴と怒りの投稿が数万件規模で殺到。結果として総計約34万個の遅延を記録し、郵便事業会社は総務省から厳重注意および業務改善命令を受けるという前代未聞の失態となりました。ペリカン便という看板が消えた瞬間は、現場の混乱と信用の失墜が重なる痛恨のピリオドだったのです。