朝ドラ虎に翼モデル三淵嘉子の真実|実話との違いと家族の光と影
ドラマ後半の大きな軸となったのが、寅子と星航一の再婚生活でした。この星航一のモデルとなったのが、裁判官の三淵乾太郎です。彼の父は、日本の初代最高裁判所長官を務めた司法界の重鎮・三淵忠彦であり、乾太郎自身も東京地裁や浦和地裁の所長を歴任した超一流のエリート裁判官でした。
1956年(昭和31年)、嘉子と乾太郎は周囲の勧めもあり再婚します。当時、嘉子は41歳、乾太郎は49歳。しかし、この結婚は決して平穏無事なものばかりではありませんでした。背景には複雑な家族構成が存在していたからです。
嘉子には前夫・和田芳夫との間に生まれた実子の長男・和田芳盛がいました。一方、乾太郎は前妻と死別しており、1男3女(計4人)の子どもたちを抱えていました。つまり、嘉子は突然「5人の子どもの母」となったのです。
嘉子の自著や当時の関係者の証言によると、思春期を迎えていた乾太郎の連れ子たちにとって、多忙を極める女性裁判官の継母を受け入れることは容易ではありませんでした。「完璧主義で妥協を許さない嘉子の言動」と「母親を亡くした子どもたちのナイーブな感情」は度々衝突します。実子の芳盛もまた、エリート家庭に突如放り込まれたことで強い孤独感とプレッシャーに直面しました。
ドラマでは寅子と子どもたちが腹を割って対話し、理想的な新しい家族の形を模索していきましたが、現実の家庭環境はより複雑でした。嘉子は後年、「家庭裁判所で何千組もの親子の調停を行ってきたのに、自分の家庭のこととなると本当に無力だった」と率直な告白を残しています。法壇の上では冷徹な判断を下せても、血縁と感情が絡み合う家庭内においては、一人の不器用な女性として苦悩し続けたのです。