真珠湾攻撃の暗号と事前察知説の真相|機密電文が暴く日米開戦の深層
戦後、米国内外で激しい論争を巻き起こし、今なお一部の論者が支持するのが「ルーズベルト陰謀論」です。その骨子は、「フランクリン・ルーズベルト大統領は孤立主義を貫く米国民を対独・対日参戦に踏み切らせるため、日本軍による真珠湾攻撃を事前に把握しながら意図的に放置し、自軍に甚大な被害を出させた」というものです。
この事前察知説の真相を解明するため、1945年から1946年にかけて米議会合同調査委員会が設置され、全39巻に及ぶ膨大な証拠資料と関係者の証言録が公表されました。さらに1990年代以降、NSA(米国家安全保障局)や英公文書館の機密資料が相次いで公開されていますが、大統領が攻撃を事前に知りながらハワイを見殺しにしたと証明する公的文書は一切見つかっていません。
この陰謀論を信奉する人々が根拠として挙げるのが、前述の「風暗号」に関する俗説です。日本外務省は、日米関係が断絶した場合の合図として、気象通報で「東の風、雨(ヒガシノカゼアメ=対米関係断絶)」「北の風、曇り(対ソ)」「西の風、晴れ(対英)」を放送する規定を設けていました。さらに海軍内規にあった隠語電報には、情勢変化を告げる「日の出は山形」といったコードも存在しました。
「米軍はこの放送を事前に傍受しており、真珠湾攻撃を予知していたはずだ」という主張が展開されましたが、これらはいずれも「外交関係の終了」や「在外公館の暗号書焼却」を指示する政治的サインに過ぎません。何月何日の何時に、どこの基地を攻撃するかという戦術情報は微塵も含まれていなかったのです。
米海軍情報部や陸軍司令部が真珠湾を見落とした最大の理由は、陰謀ではなく「組織の怠慢と先入観」でした。当時の米軍高官の多くは「日本軍の攻撃目標はフィリピン、マレー半島、あるいはオランダ領東インド(現在のインドネシア)の石油地帯であり、補給の続かないハワイへの直接攻撃など軍事合理性からあり得ない」と確信していました。迫り来る無数の警告シグナルを、「ハワイ攻撃の可能性」として処理できなかった心理的盲点(確証バイアス)こそが、歴史的奇襲を許した真因です。