鳩山由紀夫の土下座はなぜ起きた?韓国・西大門刑務所謝罪の真相と現在
西大門刑務所での行動は、瞬く間に国内外へ配信され、激しい政治的・社会的波紋を広げました。なぜ鳩山氏は、国辱とも評されるリスクを顧みずにあの行動へと踏み切ったのでしょうか。
その根底には、鳩山氏が長年提唱してきた「友愛」の思想と、彼独特の歴史正義論が存在します。鳩山氏は後に自著や各種インタビューにおいて、「相手が傷つけられたと感じている以上、加害の側に立った国は、被害を受けた側が『もう十分だ』と言うまで謝罪の誠意を示し続けなければならない」という「無限責任論」を一貫して主張しています。
当時、日韓関係は従軍慰安婦問題や歴史認識をめぐって極度の冷え込みを見せていました。鳩山氏としては、間もなく発表される安倍談話が過去の植民地支配に対する反省を薄める方向に向かっていると危惧し、「日本には過去の過ちを真摯に受け止め、心から謝罪する良心的な指導者も存在する」というメッセージを自らの身体を張って世界に発信しようとした側面がありました。
しかし、この独善的とも言える行動は、日本の外交方針や国民世論と致命的な断絶を生むことになります。国家間の歴史問題は、1965年の日韓基本条約や日韓請求権協定という法的な最終解決の枠組みの上に成り立っています。一国の元最高権力者が、政府の公式見解や国益の調整を無視して個人的な贖罪意識を優先させ、一方的に屈服するようなポーズをとったことに対し、日本国内では「謝罪を無限に要求される悪しき前例を作った」「歴代内閣の外交努力を根底から破壊する土下座外交だ」という怒りが沸騰しました。
元首相という公的な影響力を帯びた肩書を保ちながら、個人的な心情の発露として国家的な謝罪のポーズを演じるという危うさこそが、国内外に拭いがたい混乱と不信を招いた真相と言えます。